つらつらと小説を書きます。
くそ短いです。

虫刺されと頭痛と異国の地での過ごし方の話



　ひどい気分で目が覚めた。
　というのも、耳元で甲高く鳴る蟲の羽音に起こされたからだ。
　ただでさえ寝つきが悪く、寝起きも悪い私にとってこれは最悪な出来事だった。さらに最悪なことに、その日、外は土砂降りだった。私は傘を持っていない。蚊なのか、なんなのか、とにかくその羽音の主である何者かに刺され痒みと腫れを訴える左腕をぽりぽりと掻きつつ体を起こそうとするが、どうにも頭が重くてかなわなかった。

　ここは私の生れた土地から遠く離れた場所だ。言葉、生活習慣、食事、人柄、何もかもが違う。好ましくとらえられる部分もあれば、そうでない部分もある。ひとつ例を挙げるとしたら、景色は良好、気候も温暖、だが食事の味付けは好みではない。そういう簡単な話だ。
　私は重い頭をどうにかすべく薬を手に取りながら外を見た。フラットの内側に面した窓からは普段からあまり光が入ってこず、この部屋は薄暗い。今はもちろん、電気をつけなければ何も見えない。私は携帯電話のライトを頼りに枕元のコップに水を注いで、頭痛薬を飲んだ。この薬とももう、長い付き合いになる。片頭痛持ちというのはなかなかに苦労をする。
　先ほど、気候も温暖、と述べた通り、ここは大抵の場合快晴だ。今日のように雨が降ることはひどく珍しい。こういった日はもともとの体質もあるし、精神的に面倒くさがりな部分も大きく作用し、どこにも出かけないことにしている。
　だが、今日に限って買い込んでいた食料が尽きていたことを思い出し、思わず深いため息をついてしまう。なぜ昨日買い出しに行かなかったのか。面倒くさがりがここで裏目に出てしまった。そもそも天気予報を見ていればよかったのだ。後悔は尽きない。
　とりあえず、薬が効いてからでないと動くことができない。私は空腹を耐え忍ぶことに慣れているので特に問題なくベッドに沈んだ。柔らかくもなく、だが寝心地が悪いわけでもない。ただ嗅ぎ慣れない洗剤の匂いに、ここは私の部屋ではないのだと思うばかりだ。
　やがて薬の効果で、眠気が襲ってくる。起きたときには雨も少しは小降りになっていることを願う。頭痛もそうすればましになるだろう。ぐるぐると天井が回る。目を閉じると、蟲の羽音が聞こえてきて耳障りだ。また私から血を吸い取ろうという魂胆なのだろう。腹が立って仕方がない。左腕が痒い。触れると熱をもってひどく腫れている。退治したいが、体が重い。動けない。もう、血を吸いたいのならば吸えばいい。勝手にしろ。
　最後の抵抗とばかりに、もだもだと手で自分の右頬を叩いた。これで退治できていたら万々歳だ。





　起きて鏡を見たら、右頬に蟲の死骸と少量の血がついていた。雨は止んでいて、虹が出ていた。
　私は顔を洗い、歯を磨き、服を着替えると外に出て、小さなマーケットに出向いて食料を買い込んだ。
　左腕の痒みと腫れは未だにひかないものの、まあまあすっきりとした気分で、私は買ったばかりの小さな桃をかじってみた。果汁が口いっぱいにじわりと広がって、体中が潤うような気分になる。

「まあまあな世の中にできているものだ」

　誰に聞かせるでもなくひとりごちると、私は遠い異国の地にてまた新たな発見をすべく、まず手始めに目の前を通り過ぎてゆく猫の写真を一枚撮った。左腕もきっとすぐに、よくなるだろう。